長男は、生まれた時から感受性の強い難しいタイプの子供で、私の手には負えないと感じることが多い。
少しましな時期と難しい時期とを繰り返しながら11年間育っている。今回、2度目の骨折をしたことで、精神的に不安定になったり、もともと悲観的なほうなのにますます悲観的になったり、自虐的になったりしていて、本当にめんどくさい。
学校であったいやなことなど(友達関係)を、私に話しているうちに、私に矛先が向いて私を責めたり、その友達を恨んだり・・・・私にしてみれば、そうやって自分勝手な視点でいるから、自分に帰ってきて、骨折したりするんじゃん!と思うけど、そこは小学生、因果応報などなかなか悟れないもので、難しい。
「どうして、僕ばっかり骨折するんだ!他にもっと骨折してもいいやつがいるのに・・・・」という具合。困ったもんだ。
たいがい、こういう話になるときは、私が一歩下がってあげて、「お母さんはあなたの味方だからね。」とか「さっきはお母さんの言い方が悪かったから、今後は注意するから、あなたも注意しようね」とか「何が正解かはわからないけど、とりあえず正しいと思うことをしていこう」とか少し、温かく包み込むようなことを言わなければ、落ち着かずに、眠ることさえできなくなるぐらい、情緒不安定になってしまう。
もう、なんでこうなんだ!!私はこんな難しい子どもを育てられるような、大きな器じゃないんだ!
神様は育てられるような子を授けるんじゃないのか!!と私のほうが悲観的に思ってしまう。
前に、認知症の義母の世話をしていたけど、その時は正直言って「愛すべき人」というわけではないので、ある意味気が楽だったんだと思う。
でも、子供については、本来愛して当然の立場であり、又、それができる人が多いのに、何で私はそれが困難なのかと思う。
こうやって成長するというけど、私に今後成長の余地は残っているのか?これでも、やっぱり子供がいることに感謝すべきであり、愛すべきなんだよね?苦しい・・・・。
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